聖書メッセージ02「光は闇より」

第2回「光は闇より」

“またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。 「先生。彼が盲目に生まれついたのは、誰が罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」“
(ヨハネの福音書9:1~3)
この聖書の箇所を読んで、イエス・キリストを信じ、救われた人に、岩崎武郎(1898~1955)という人がいます。彼は、『光は闇より』という自伝の中で、いかにしてクリスチャンになったかを書き記していますので、紹介したいと思います。彼は、20歳の時に失明しますが、その時の心の状態を、次のように描写しています。

「あたかも運命は、私を暗黒につきやるためにあらゆる棘の道を備えているもののごとく感ぜられてならなかった。今まであまりに穏やかであった私の人生は、今や急テンポをもって逆運動を開始したのである。そして最後に私を待っていたのは、あの恐ろしい奈落の淵であった。世界大に拡大された闇であった。」

長男の将来を期待していた両親は失望し、経済的な負担が重くのしかかり、父親は、「何が祖先だ、何が神だ、仏だ」といって呪い、酒をあびるようになります。岩崎は、失明を通して、自分の人生の意味を深く考えるようになります。

「しかし、今となってはもう問題は外に移っている。治ることが問題であったのは昔のこと、私にはもう生きていることそれ自体が問題であった。人生とは闇だ。何のために生まれてきたのか、なぜ私だけが、このような目に合わなければならないのか。生まれてこなかったらよかったのに。人生が闇である。」

岩崎は目がみえないという以上に、人生が闇であり、生きる意味を見いだせないことに苦悩します。その時に新興宗教の布教者が彼を訪ねてきて、「あなたの目が悪いのは、ご先祖の祭りをおろそかにされた結果です。そうされるつもりはないが、どこかであなたのおうちがご先祖の霊をおろそかにされているため、そのたたりを受けて、お目が悪くなられたのです」と語りますが、岩崎は反発します。

しばらくして岩崎は、ヨハネの福音書9章の記事を読み、感激します。その時のことを彼は、次のように述懐しています。

「時あたかも、真夏の八月であったが、私は寝食を忘れて聖書を読みふけった。わけても最も私の心をとらえたものは、ヨハネの福音書9章であった。先に述べた女布教師が、因果の説法で、祖先の霊が祭りを絶やされたためのたたりだと説いた失明問題、また私が長い関心の奥底で深い疑惑を持って取り扱ってきた問題が、ここに突如として、私の前に解決の光を与えられたのです。

—- 生まれながらの盲目、それは誰の罪のゆえでもなくして、彼の上に、神のみわざが現れんがためだとイエスは説く。人の目から見れば、とるに足らない弱い悩める罪びとも、神の目から見れば、大いなる愛の輝きとしての器である。同じ姿が一方には黒となり、一方には白となるパラドックスである。」

彼は、イエスの深い愛に触れ、心の暗闇に光が照らされ、大いなる希望を持つにいたります。そして、彼は、1919年、イエス・キリストが自分の罪のために十字架で死なれ、三日後に墓を打ち破ってよみがえられ救い主であることを信じ、母親と一緒にバプテスマ(洗礼)を受けます。彼は、その時の事情を以下のように書き記しています。

「私は、キリストと出会って初めて闇の問題が一切解決されたのを覚えた。実に闇のゆえに、闇を転機として私の一家により善き生活を与えられたのである。神は善き恩寵の十字架を私の上に、立てられたのであった。ここに暗いと思った人生が明るく肯定され、悩み通した人生は神への感謝に変わっていった。たとい私の眼は開かないとしても、私はありあまる恩寵を受けることができた。

—–その翌年、私は信者になって洗礼を受ける人であった。同じくその時私のそばに坐していたのが母である。次に妹も救われ、かくて、闇の私のみならず、私の一家に思いもかけぬ光をもたらしたのであった。「光は闇より」-この恵まれたる信仰の証のために、私はナザレのイエスを永遠に愛し、その十字架の福音を不滅に信じるものである。」

大津キリスト集会は、皆さまの来訪を心から歓迎いたします。

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