第37回 うめく(groan,στεν άζω,ステナゾー)

第37回 保証(guarantee,ἀρραβών,アラボーン)

 ἀρραβών(アラボーン)という言葉は、新約聖書では三回用いられています。最初はコリント第二の手紙の2章22節で、「神はまた、私たちに証印を押し、保証(アラボーン)として御霊を私たちに与えてくださいました。」とあります。次に同じくコリント第の手紙5章5節にパウロは、4節で「天からの住まいを上に着たいからです」と語り、5節で「そうなるのにふさわしく私たちを整えてくださったのは、神です。神はその保証(アラボーン)として御霊を下さいました。」とあります。第三回目は、エペソ書1章14節に記されてありますが、13節から引用します。

「このキリストにあって、あなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞いてそれを信じたことにより、約束の聖霊によって証印を押されました。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証(アラボーン)です。このことは私たちが贖われ神のものとされ、神の栄光がほめたたえられるためです。」

 この三つの聖句は、同じ文脈で用いられており、天からの住まい、永遠の神からの住まいが与えられること、また神の国を受け継ぐことの保証として書かれてあります。なおアラボーンの英訳としては、guarantee,pledge,deposit,earnest、installmentなどが用いられています。アラボーンはいつも聖霊との関係で用いられていて、信者が神の国を受け継ぎ、復活の永遠のからだを与えられる保証として使用されています。実は、アラボーンの意味内容としては、欄外の※にある「手付金」が正確です。つまり売買契約において、全額を期日までに支払うことを保証するものとして、前もって支払う一時金のことを指しています。聖霊が信者に与えられる「手付金」であるとするならば、時が来た時、全額が支払われ、信者が神の国を受け継ぎ、復活のからだを与えられることが実現することが確実という意味です。そして聖霊が内住し、神の子としての証印をおされることによって、信者はこの地上においても神の国や復活のいのちを不完全ながら前もって味わうことができます。
この点についてウイリアム・バークレーは、『新約聖書のギリシャ語』において、次のように述べています。

「それでパウロが聖霊をアラボーンという時、その心にある思想は、人間が今持っている不完全な知識も、他日与えられる完全な知識の最初の分割払いであり、神が今人間に語りたもうことはいつの日かそのすべてを知り得る保証、証拠であり、今聖霊によって人間に与えられている喜びは、天上の完全な喜びの保証である。パウロにとって聖霊は神の保証であり、今わたしたちは鏡に映して見るようにおぼろげに見ているが、いつの日か顔と顔を会わせて見、今知ることは一部分にすぎないが、いつの日か完全に知られるようになるという保証である。(1コリント書13:12)
私たちがアラボーンである聖霊の働きをもっとよく知ることができたら幸いです。

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