聖書メッセージ90
聖書メッセージ90 「科学と聖書は矛盾するのか?」
聖書は、「神は創造主」と述べていますが、このことが、科学と矛盾するか考えてみたいと思います。
旧約聖書の冒頭には、「はじめに神が天と地を創造された」と記されてあります。この箇所を読んで感動し、神を信じるようになったのが同志社大学の創設者新島襄(1843-1980)です。彼は、次のように言っています。
「漢文で簡潔に書かれた聖書に基づく歴史書で神による宇宙の創造という短い物語を読んだときほど、創造主が身近なものとして私の心に迫ってきたことはなかった。私は、私たちが住んでいるこの世界が神の見えざる手によって創造されたのであって、単なる偶然によるものでないことを知った。」
創世記1章には、神が天体と地球に住む植物、動物、人間を創造されたことが記されてあります。まさに創造されたものの中に神の英知が宿っています。パウロはこの点について、「神の目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造された時から被造物を通して知られ、はっきりと認められる」(ローマ書1:20)と記しています。このことを理解するために、最初に人間の心臓の働きを見てみたいと思います。
「心臓の働き」
私たち現代人は、すべてのことは人間の力で変えることができるという自負心を抱いています。自分のいのちが自分を超えた偉大な存在によって支えられていることを考えようとしません。しかし、私たちが意識しないところで、わたしたちのいのちは支えられています。私たちは、知らない間に呼吸し、知らない間に消化作用を行っています。睡眠している時でも心臓は動いています。
心臓は、筋肉の収縮によって全身に血液を送り出しすポンプのようなものです。動脈を通して酸素や栄養を運び込み、静脈を通して二酸化炭素やアンモニアなどの不要な老廃物や有害物質を回収します。血液の量は1分間に5リットル、1時間でペットボトル600本の血液を送り出します。血管を通して血液が各器官に流されなければ、その器官は死んでしまいます。心臓は1分間に70回鼓動し、一日に10万回も拍動を続け、8トンの血液を送り出します。人生80年とすると29億4000万トンの血液が血管を通して流れていきますが、血管は毛細血管を入れると12万キロメートル、つまり地球を二周半回る驚くべき長さに達します。
人間を生かす心臓の働きは偶然に生じたものでしょうか、それとも創造者である神の計画と英知によるものでしょうか。 それでは、ミクロの世界とマクロの世界に目を留めて、神の創造のみわざの探索の度に出たいと思います。」
「ミクロの世界―DNAの世界」
旧約聖書の詩篇139篇13-16節には、次のように記されてあります。
“私がひそかにつくられ、地の深い所で仕組まれた時、
私の骨組みは、あなたに隠れていませんでした。
あなたの目は胎児の私を見られ、
あなたの書物にすべてが書き記されました。
私のために造られた日々が、しかもその一日にもないうちに。“
この聖句を読むと、私は1953年に米国の分子生物学者ジェームズ・ワトソンと英国の生物学者フランシス・クリックによって発見されたDNAの二重らせん構造を思いだします。DNAは、4つの核酸塩基(A―アデニン、T―チミン、C-シトシン、G―グアニン)
で構成される鎖状の二重らせん構造をしています。人間のもならず、すべての植物や動物、地球上の生命にこのDNAがあり、遺伝子情報(ゲノム)が書かれています。

• AAA-アデニン T—チミン G—グアニン C-シトシン
細胞核にあるDNA の遺伝子情報は、 二重らせん状のはしごを描いています。遺伝子の中にすべての情報が書かれているます。DNAは、私たちの身体の設計図です。DNAが同じ人は一人もいないように、一人一人が異なった設計図によって創造されました。このDNAに私たちの身体を構成している各器官の設計図やプログラムの一切が書き込まれています。青い目、黒い目、二重瞼、一重瞼、鼻の高さ、低さすべてが、書き込まれています。
現在、犯人を特定する場合、血痕、体液、毛髪から採取したDNA鑑定が行われます。1984年にレスター大学の遺伝学者アレック・ジェフェリーズ(1950~ )は、科学雑誌「ネイチャー」に論文を発表し,「ヒトのDNA型は十分に個性があり不同性がある。そして、終生不変である」ことを主張し、DNAで「個人の特定ができる」ことを説きました。そして、1987年に年に初めてDNA鑑定が犯人捜査に使わ、容疑者の正確な特定が可能になりました。
DNA を書き換えことはできません。それが破損するのは、放射線を浴びた場合、落雷にあった場合、ウイルスが侵入した場合の例外的な場合で、その時には突然変異で良くなるのではなく、ガン化したり、奇形児が生まれてくるそうです。DNAの突然変異を主張し、進化論の正当性を証明しようとする学者もいますが、信頼性に乏しいと言えます。
心臓にしても、DNA にしても、そこに人間の命を司っているデザイナーである神がおられることを示している。
人のいのちは、神による創造のデザインによって行われます。人の生命が自然発生的に生まれる確率は0に等しいと言わざるをえません。
フレッド・ホイル(1915-2001)という有名な天文学者は、「高度な生命が偶然に出現する確率は、くず鉄置き場の上を竜巻が通過し、そこで見つけた材料からボーイング747を組み立てる可能性に匹敵する」と言っています。
「男性と女性」
私たちは、自分が生まれてくるときに男性か女性かを選ぶことはできません。人間の選択能力には限界があります。人間の意思や行動が及ばない領域もあります。聖書には、「神は神のかたちとして人を創造し、男と女に創造された」(創世記1:27)とあります。
人の染色体は一つの細胞に46本ありますが、最後の二本の染色体が性染色体でXXが女性で. XYが男性です。これを人間が人為的に書き換えることはできません。

それではマクロの世界に目を転じて、太陽系と銀河系における創造者である神の英知を考えます。
「マクロの世界―太陽系」
まず地球が存在する太陽系です。地球は太陽系の中で特別な星です。ただ地球だけに人間が生息できる温度、酸素、植物などが存在するからです。ここでは温度の違いだけを紹介します。太陽からの距離によって惑星の平均表面温度が異なります。太陽に近い順からは水星 (Mercury): 約 167°C、金星 (Venus): 約 462°C(最も高い)、球 (Earth): 約 15°C、火星 (Mars): 約 -63°C、木星 (Jupiter): 約 -108°C、土星 (Saturn): 約 -139°C、天王星 (Uranus): 約 -197°C、海王星 (Neptune): 約 -201°C(最も低い)。 となります。基本的に地球から太陽に近づけば近づくほど、高熱となり、地球から火星や木星に近づくほど極寒の氷の世界になりますが、金星は大気が熱いため、最も高温になっています。
またB.C.2000年頃に存在したヨブについて書かれたヨブ記26章7節には「神は北を、茫漠としたところに張り広げ、地を、何もない所に掛けられる。」とあります。これは地球が宇宙空間の中に浮かんでいることを示しています。また「神は。北を漠然とした所に張り広げる」は、「張り広げる」が傾けることを指していますので、地球は地軸が23.4度傾いて自転しており、その結果、四季折々の季節が生まれると考えることができます。
【銀河系】
それでは今度は銀河系宇宙の世界に目を転じてみましょう。宮沢賢治は星を見るのが好きで、それは本書の第一部第9章の『銀河鉄道の夜』の、始発駅の白鳥座、ふたご座、さそり座、ケンタウルス座、そして終着駅の南十字座に描かれていました、しかし、すでに何千年前に聖書では、銀河系宇宙の光景が記されてあります。ヨブ記9章9節には、「牡牛座、オリオン座、スバル座、それに南の星座も、みな神が造った。」とあります。またヨブ記38章31節には、「あなたはスバルの鎖(プレアデス、7つ星))を結ぶことができるか。オリオン座の綱を解くことができるか。あなたは十二宮をその時にかなって、引き出すことができるのか。牡牛座をその子の星とともに導くことができるか。」と記されてあります。

プレアデス(すばる座) ja.wikipedia.org
また同じヨブ記には、「神はただ一人で天を延べ広げ、海の大波を踏みつけられる。
神はおうし座、オリオン座、すばる、それに南の天の間を造られた。大いなること
をなさって測りしれず、その奇しいみわざは数えきれない。」(9;8~10)とあります。
「宇宙飛行士 ガガーリンとアーウイン」
こうしたマクロの世界を創造された神は存在するのでしょうか。ここで旧ソ連の宇宙飛行士ガガーリンと米国の宇宙飛行士アーウインの証言の違いについて紹介しておきます。
人間として初めて地球を離れ、1961年に宇宙空間に飛び立った旧ソ連の飛行士ガガーリン(1934~1968)は、「地球は青かった」と有名な言葉を語り、「天には神はいなかった。あたりを一生懸命ぐるぐる見回したが、やっぱり神は見当たらなかった。」と豪語したそうです。それは、神は肉眼で目に見えるものという唯物論的思考の結果といえます。
他方、アポロ15号で月面着陸したアーウイン(1930-1991)は、「ジェネシス・ロック」(Genesis Rock)と後に命名される岩石を持ち帰りたが、宇宙で神の臨在に触れ、回心して、帰還して後キリスト教の伝道者になりました。そのアーウインが、聖書と科学との関係について聞かれ、以下のように言っています。私はそれこそが、適切な回答だと思います。皆様はどう思われますか。
“この地球にだけ神の手が働き、我々が創造されて生きているのだということには疑問の余地がない。これほど見事な、美しい、完璧なものを神以外に作ることはできない。結局、科学は宗教に対立するものではない。科学は神の手がいかに働いているかを、少しづつ見つけ出していく過程なのだ。だから科学が、一見、宗教の教えと矛盾しているような場合でも、科学がより高次の段階に至れば、その矛盾は解消していくものだと思う。科学はプロセスなのだ。だから科学の側でも、宗教の側でも、お互いに敵視するのは誤りだ。”(『宇宙からの帰還』)
参考文献
立花隆『宇宙からの帰還』(中公文庫、1985年)
ライス・ブルークス『神は死んだのか』(いのちのことば社フォレストブックス、2015年)
ミシュル=イヴ・ボロレ、オリヴィエ・ボナシー『神と科学ー世界は何を信じてきたのか』
(日経BP,2025年)


