第33回 肉体、肉サルクス(fresh,ϛ ὰ ρξ、サルクス)
第33回 肉体、肉サルクス(fresh,ϛ ὰ ρξ、サルクス)
新約聖書で出てくるギリシャ語のサルクスには、主に三つの意味があります。
サルクスという言葉は新約聖書に147回出てきており、その内パウロの手紙で、90回使われています。「新約聖書ギリシャ語小辞典」を参照し、サルクスの三つの意味を考えることにします。
第一の意味は、私たちの身体、からだを指しています。これは、霊(プネウマ)、魂(プシュケ)と共に、人間を構成する一つの要素としての人間の肉体の部分を指しています。例えばイエスは、ユダヤ人たちに「まことに、まことにあなたがたに言います。人の子の肉(サルクス)を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのち(ゾーエ)はありません。」(ヨハネの福音書6:53)と語られました。またパウロは、「わたしの肉体(サルクス)には、あなたがたにとって試練となるものがあったのに、あなたがたは軽蔑したり、嫌悪したりせず、かえって、私を神の御使いであるかのように、キリスト・イエスであるかのように、受け入れてくださいました。”(ガラテヤ4:14)と書きしるしています。この意味におけるギリシャ語としてはまたソーマ(ϛῶμα)があります。一般に英語ではサルクスがflesh と訳されるのに対して、ソーマはbody と訳されます。邦訳ではサルクスが肉、ないし肉体、ソーマがからだです。ソーマについては、第34回で触れることにします。
第二の意味は、血統ないし、血縁関係を示す言葉として用いられています、例えばイエス・キリストについての説明で、「御子は肉(サルクス)によればダビデの子孫として生まれ」(ローマ1:3)とあり、また「肉による先祖アブラハム」(ローマ4:1)とあります。この場合は肉(サルクス)は、悪い意味で用いられてはいません。
最後の第三の意味は、人間の肉の古い性質、罪の性質を示し、悪い意味で用いられていいます。その場合に肉(サルクス)の反対の言葉は聖霊です。例えば、御霊の導きに従うことと肉の古い罪の性質に従うことの対比として、パウロは「肉(サルクス)に従う者は、肉に属することを考えますが、御霊に従う者は御霊に属することを考えます。」(ローマ8;5)と記しています。またガラテヤ人への手紙では、「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば肉(サルクス)の欲望を満たすことは決してありません。肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らうからです。」(ガラテヤ書5:16~17)とあります。パウロは、ローマ人の手紙の中で、「私は、自分のうちに、すなわち、自分の肉のうちに(サルクス)のうちに善が住んでいないことを知っています。私には良いことをしたいという願いがいつもあるのに、実行できないからです。」(ローマ書7;18)と絶望感を吐露しています。パウロは罪の古い性質との戦いの中で、「私は本当にみじめな人間です。誰がこの死のからだから私を救い出してくれるでしょうか。」(ローマ7:24)と叫ばざるをえませんでした。
マルテイン・ルターは、「教皇やすべての枢機卿よりも、私の心を恐れる。それは、私の中により大きな教皇、つまり私自身が住み着いているからです。」と書いています。
イエス・キリストを信じたクリスチャンには、聖霊が与えられ、古い罪の性質ではなく、聖霊の支配、聖霊の導きにしたがって歩むことが求められています。聖霊の導きに従うクリスチャンは神の栄光を現し、古い肉の性質によって歩み続けるものは、神の栄光を踏みにじるものです。クリスチャンは、イエス・キリストと共に死に、イエス・キリストと共によみがえり、イエス・キリストのいのちによって生かされているものだからです。